• カテゴリー別アーカイブ 奈良の名所
  • 勝間田池

    勝間田池から望む薬師寺
    池の向こうに薬師寺の塔が見え、背後には若草山。
    子供の頃、よく父親に連れられて来た馴染み深い風景。
    大和路を代表する景観として有名な大池から見る薬師寺は奈良の代表的な写真家、入江泰吉氏もよく撮影していた。この景観を有名にしたのはおそらく入江泰吉氏だろう。また、入江泰吉氏は大池と呼ばず、万葉集に勝間田の池として詠まれていた名前を使用していた。勝間田池の名前を一般的にしたのも入江氏だろう。
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  • 藤原宮跡

    藤原宮跡
    藤原京は平城京に遷都される前の694~710年まで日本の首都が置かれた場所で日本で初めての条坊制を用いた本格的な唐風都城だった。大和三山に囲まれた宮殿を中心に約5km四方の都は平城京や平安京よりも広く、古代日本最大の都市であった。
    現在は建物もなく、大極殿などの柱の位置を示す杭があるのみで周辺は史跡として整備されている。またその広い土地を利用して季節の花が栽培されていて、写真愛好家をはじめ奈良の人々の憩いの場所となっている。個人的には復元工事にお金を掛けるより、このような利用方法が良いと思う。
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  • 喜光寺

    喜光寺
    奈良市菅原町の阪奈道路沿いにある喜光寺は721年、後に東大寺の造営を行う行基によって創建された。当初は菅原寺と呼ばれていたが748年に聖武天皇がご参詣された時に喜光寺という名を授けられた。
    行基は東大寺創建に当たり、喜光寺の本堂をスケールアップしたものを建設したという伝承から、「試みの大仏殿」として知られている。
    戦国時代にほとんどの建物が戦災により焼失した。現在の本堂は室町時代に再建されたものが残っている。
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  • 秋篠寺

    秋篠寺
    秋篠寺は近鉄大和西大寺駅の北西に位置する奈良時代創建の寺院で、776年に光仁天皇の勅願により僧、善珠が創建したとされているが、それ以前に地元の豪族、秋篠氏の氏寺として創建されたという説もあり、正確にはわかっていない。780年の記録があるので、その頃には存在していたことは確実となっている。
    伽藍の造営は平安京遷都頃に完成し、金堂、講堂、東西の塔を持つ大きな寺院だった。平安時代後期には南にある西大寺とたびたび寺領をめぐる争いがあったことが西大寺の記録に残っている。
    1135年に、火災によりほとんどの建物を焼失し、現存する本堂は鎌倉時代に再建されたものが残る。
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  • 唐招提寺

    唐招提寺
    759年に唐からやってきた鑑真和上によって創建された寺院で、新田部親王の邸宅跡を朝廷より譲り受け、お寺としたもの。
    742年に遣唐使として唐を訪れていた僧、栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)から、朝廷の「伝戒の師」としての招請を受け、渡日を決意。その後の12年間に5回の渡航を試みて失敗。5回目の渡航時には失明までしていたが、753年にようやく成功し、日本にやって来た。
    その後、東大寺に滞在していたが759年に唐招提寺を創建して移り、763年にその波乱の生涯を日本で閉じた。
    伽藍の造営は鑑真の弟子の如宝、孫弟子の豊安の代にまで引き継がれた。平安時代以後、一時衰退したが、鎌倉時代の僧・覚盛によって復興された。奈良時代に建立された寺らしく東西の五重塔があったと伝わる。
    現在も奈良時代の建物が残る、奈良を代表する寺院となっている。
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  • 龍田大社

    龍田大社
    龍田大社は奈良県三郷町にある神社で第10代崇神天皇の頃に創建されたと伝わっている。
    御祭神は天御柱大神(あめのみはしらのおおかみ)、国御柱大神(くにのみはしらのおおかみ)。
    日本書紀に天武天皇が675年に勅使を遣わせて風神を龍田立野に祀り、大忌神を広瀬河曲に祀ったと記述されていることから風の神様を祀る神社として崇められている。
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  • 矢田寺

    矢田寺
    矢田丘陵の矢田山にある矢田寺は、正式には矢田山金剛山寺と呼ばれる。7世紀後期に天武天皇が壬申の乱の戦勝祈願のため矢田山に登られ、即位後の勅願によって智通僧上により建立されたのが始まりの古いお寺。
    境内にはその信仰の中心であるお地蔵さんが多い。
    また、紫陽花の寺としてシーズン中は多くの人が訪れる。
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